2011.11.16 Wednesday 09:55
 おはようございます。こんにちは。そしてこんばn(ry …おにぎりです。

 今回は南矢名(みなみやな)・北金目(きたかなめ)・真田(さなだ)の三大字にまたがって存在していた大塚所(おおつかどころ)の古墳群についてご紹介いたします。

 バス通りの烏啼坂(からすなきざか)を登りきった平坦な丘の上は、かつてはそのものズバリ「大原(おおはら)」と呼ばれていました。大原は南矢名三丁目の東部のほか、真田にもまたがっていました。

現在の東海大学湘南校舎の一号館北側周辺の平地です。

字大原あたり(一号館北側)
字大原あたり(一号館北側)


 そして現在の一号館と四号館周辺には冒頭で申し上げた大塚所という字名があり、ここには「灰塚(はいづか)」と「金蔵坊塚(こんぞうぼうづか)」という古墳が存在していました。

一号館の北西側に並ぶように存在していたといわれています。

一号館周辺略図
塚周辺の地図

塚周辺
塚のあったあたり(一号館北西側)


 金蔵坊塚も灰塚も名称の由来は不明らしいですが、私は金蔵坊塚は地主などこの土地の関係者にちなむ名称で、灰塚は「ハイ」が「這う」などに通じ「伏せたような形の塚」のような意味ではないかと思います。

現在は移設されて「望星塚(ぼうせいづか)」の記念碑がたっています。

望星塚記念碑
望星塚記念碑


 ちなみに大塚所は古くは「大塚戸(おおつかど)」と呼ばれていました。大塚戸の「ど」は「止め処なく」などの「ど」と同じく「場所」の意味なので、どちらにせよ「大きい塚のあるところ」の意味です。

 またここ以外にも湘南校舎内には無数ともいえる古墳が点在しており、現在でも校舎内を掘り返すと土器片が出土することがあります。

(※無断採掘はやめましょう)

 そういえば今日は11月16日ですが、明日は11月17日、湘南校舎所在地の旧地番と同じ1117ですね…。


 それではまた!


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第二十六回『宮田橋』
第二十五回『田んぼ、名残、学前にて』
第二十四回『南矢名‐曽屋 うとう坂を登る』
第二十三回『真田・大谷津沢を遡る(支流編)』
第二十二回『真田・大谷津沢を遡る(本流編)』
第二十一回『矢名八窪(天保編)』
第二十回『忘れられた清流・雉ヶ谷戸』
第十九回『そもそもなんで大根は「大根」なの?』
第十八回『烏啼谷戸とかない道(後編)』
第十七回『烏啼谷戸とかない道(前編)』
第十六回『落幡ってどんな場所ですか?(後編)』
第十五回『落幡ってどんな場所ですか?(前編)』
第十四回『矢名八窪(南矢名編)』
第十三回『矢名八窪(北矢名編)』
第十二回『おすわさんと諏訪ノ沢』
第十一回『ヒブリとあからしの頃』
第十回『とある根丸島の古代集落』
第九回『横井戸のおはなし』
第八回『大根地区に眠る「塩」の地名・その二』
第七回『大根地区に眠る「塩」の地名』
第六回『南矢名の宿場町・宿矢名』
第五回『北矢名にあった幻の寺院・長昌院に迫る!』
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
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2011.11.02 Wednesday 00:00
 そういえばおにぎりです。

今回は大根川(おおねがわ)に架かる宮田橋(みやたばし)にスポットを当てたいと思います。

 駅前あたりから大根川を遡ることおよそ20分、東名道の下をくぐった先にある交差点が宮田橋です。(実は、古くからの本来の読みは「みやだ」と濁音らしいです。)

 「え、橋なんでしょ?何で交差点なの?」という声が聞こえてきそうですが、それもそのはず。

この場所は…

宮田橋
宮田橋


 「橋の真上に交差点があり、交差点の真下に橋がある」場所です。

橋の両端に交差点があることは珍しくないですが、ここはなんと橋の真上ど真ん中が交差点になっている橋なのです。

 ちなみに宮田橋は江戸期の資料にもその名前がある由緒ある橋で、またこの近辺には神奈中バスの宮田停留所やみやた公園・みやた北児童遊園地・みやた児童遊園地などもあるため、宮田という地名自体も地域内では割とメジャーです。

宮田停留所とみやた児童遊園地
宮田停留所とみやた児童遊園地


 地名の由来はこの近くにある矢名八幡神社(やなはちまんじんじゃ)の神領の田んぼがあったことに由来するといわれています。

矢名八幡は矢名(南矢名・北矢名両方)の鎮守で、現在は単に「八幡神社」と呼ばれることが多いです。

矢名八幡神社
矢名八幡神社


次回は11月16日です。それではまた!><*

 …と、最後にもうひとつだけ。(杉●右京風に)



大根川河川敷の里芋
大根川河川敷の里芋


 大根川はよく見かけますよね…野生化した里芋…。

 おや、失礼。細かいことが気になるのが僕の悪いk(ry 


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2011.10.19 Wednesday 08:15
 やっぱりおにぎりです。本日は駅前にかつて広がっていた風景の名残を探してみたいと思います。

 皆さんおなじみの東海大学前駅/大根駅の南口は商店街となっており、ロータリーとデッキがあることは今更言うまでもないことですが、ここはなんとかつては田んぼでした。

駅前ロータリー
駅前ロータリー


 この場所は大根川の本流はもちろん、北矢名(きたやな)の田中(たなか)集落から流れてくる田中川、同じく北矢名の蛇久保(じゃくぼ)方面から流れてくる塩河内川(しおこうちがわ:蛇久保川ともいう)、そして現在ではほぼ消滅してしまいましたが南矢名(みなみやな)の二丁目にある烏啼谷戸(からすなきやと)から流れてくる沢がぶつかるところで、大昔から水田として利用されてきました。

 今回は手書きで地図を作ってみました。水色の網掛けになっているところが上記のとおり古くから水田として使われていた地域です。

概略図
東海大学前駅付近概略図


 また、このあたりが田んぼだったころは南矢名・北矢名・落幡(おちはた:鶴巻(つるまき)に相当)の三か村の村境が入り組んでいた「村はずれののどかな田園」と形容できるような地域でした。現在では「地域の中心市街地」なわけですから、いやはや時代によって全く違う表情を持った街ですね。

 では、このあたりが田園地帯だったころの名残はもうなくなってしまったのでしょうか。いえ、実はちゃんと残ってます。

交番裏に残る用水路
交番裏の用水路


 東海大生のみなさん(私もですが)御用達・Pier39さん(通称:ピアさん)への入口に残っている水路はなんとこのあたりの水田を潤していた用水路の生き残りなんだそうです。足元に歴史ありとはまさにこのことでしょうか。

 ではでは、次は11月2日です><*

 ps建学祭関係者のみなさん、くれぐれもがんばりすぎないでください><


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2011.10.05 Wednesday 23:55
 毎度おなじみおにぎりです。

今回は南矢名(みなみやな)から下大槻(しもおおづき)を経て曽屋(そや)の中野(なかの)に至る「うとう坂(―ざか)」という坂をご案内いたします><*

 うとう坂は南矢名の東名高速道にかかる鳥居松橋(とりいまつばし)の西側にある細い道から始まります。

下の写真では右側にある細い道です。

鳥居松橋西側
鳥居松橋西側


 この道に入っていくと細い道沿いに住宅が並び、道の右側の崖下には第十四回にて紹介しました北久保(きたくぼ)の集落が見えます。

さらに進んで行くと大きな道とぶつかり、小田急線の上を通り過ぎたあたりで分岐点に差し掛かります。

奥に見える山は城山(じょうやま)という山です。

城山と分岐点
城山と分岐点


 うとう坂は左の雑木林へと続く道です。

ちなみにこの分岐点を左折せずに直進すると瓜生野(うりゅうの)の龍法寺(りゅうほうじ)付近に到着します。

 雑木林は切り通しのようになっていて、けっこう傾斜のきつい区間でした。

この雑木林の切り通しを登りきると開けた丘の上に出ます。

道の左側は丘陵地とそのふもとに広がる住宅地や畑の牧歌的な風景が広がっています。

右側には城山の斜面に段々畑があり、遠くから響く電車の音が旅情をさそいます。

城山と段々畑
城山と段々畑


 この開けた区間から下り坂になると、丘の斜面上に広がる住宅地を抜けるように進んでいくルートでした。

途中には昔からの住宅や商店もあり、たそがれはじめた街並みも相まって絵になる光景でした。

さらに下っていくと中野の自治会館前に至り、ここでうとう坂は終わりです。

金目川と中野自治会館
金目川と中野自治会館


 このうとう坂ですが、神奈川県内にも同じ名前の坂が複数箇所にあり、場所によっては「謡坂」と表記するところもあります。

そこには「大声で歌いながら登る坂であったから」などの伝承も聞かれますが、「ウトウ」とは空洞やへこんだような地形をさす言葉であることから、地形に由来する坂の名称であると推測されます。

 次回は10月19日です。


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2011.09.22 Thursday 01:10
 おにぎりです。今回は前回に引き続き真田(さなだ)の大谷津(おおやと)を歩いてみようと思います。

 前回の本流の途中から分岐して、右を向いてみると…。

大谷津沢支流1
大谷津沢支流


 さらに続いているようです。突き当りを右に進み、更に進んでいくと……。

大谷津沢支流3
大谷津沢支流


 登り坂になりました。側溝もありますが中に水は流れておらず、涸れてしまっているようです。ただし脇にアシが生えているのでこの辺りも湿地としての性質は失われていないようです。
 (ちなみに9月現在ここは草むらになっており入れませんでした><;)

 話を少し戻しますが、一枚目の写真の上側には竹林が写っています。この竹林を少し離れた場所から見てみると…。

大谷津の水源林
大谷津沢の水源林


 実は、前回紹介した大谷津沢本流の真上に当たる場所が本流・支流ともに大谷津沢の水源なのです。手前右側に写っている木は…

クルミの木@大谷津
クルミの木@大谷津


 クルミのようです。調べてみるとオニグルミという種類で、山野の川沿いに生えるクルミだそうです。そういえばこの夏、足尾(あしお:栃木県日光市。足尾銅山で有名)に旅行に行ったとき渡良瀬川(わたらせがわ)沿いにも生えているのを見かけました。

 今回と前回で二回にわたって大谷津沢の沢登りをお送りしました。一見するとこの沢は完璧に住宅街に飲み込まれてしまったように感じるかもしれません。

 しかし実はそうではなく大谷津沢という沢は、そして大谷津という谷戸は、現在でも真田にしっかりと存在しているのです。

 私はこの沢とその周辺環境を、もう少し何かに活かすことができないだろうかと思わずにはいられませんでした。

 次回は10月5日、このころまでには過ごしやすい秋の気候になっていることを切に願います。…あつい><


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2011.09.07 Wednesday 03:50
  おにぎりです。今回は第三回『谷戸の街・真田』にてお送りしました大谷津(おおやと)を実際に遡ってみようと思います。

大谷津沢
大谷津沢

 まずはここ。駐車場の裏手を流れています。…蓋がかぶさって下水に転用されていますがコンクリートの隙間から芹のような草が生えている箇所もあり、ここが本来沢だったことを今に語り継いでいるようにも見えます。

大谷津沢
大谷津沢

 住宅街の裏に足を踏み入れ…って、ここは水路ですから不法侵入にはならないですよね?「通報しますた」とかはやめてください><;

大谷津沢
大谷津沢

 そんなことを申している間にこんな場所に辿り着きました。なんかファイナルフ●ンタジ●擦△燭蠅砲海鵑淵瀬鵐献腑鵑あったような気が…とまあそんなことはさておき、完璧に街からは隔離された異様な空間になっています。

因みに、画像では解りづらいですが本流の一番奥は近くで見るとこんな感じになってます。

大谷津沢最上流
大谷津沢最上流

 実は大谷戸沢の最上流部は東海大生にはおなじみ、バス通りの烏啼坂(からすなきざか:駅前からの長い坂)から掲示門付近の駐輪場前に抜ける近道から見下ろせる谷の部分です。

 次回は9月21日を予定しております。


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2011.08.31 Wednesday 04:15
おにぎりです。今回は第十三回・第十四回で紹介させていただきました『矢名八窪(やなはっくぼ)』の天保期版をお送りします。

こんごくぼ
こんご久保

現在の金剛久保
現在の金剛久保

金剛久保(こんごうくぼ)

 …前回の雉ヶ谷戸の回でも紹介しました『相模国大住郡南北矢名村絵図』)には「こんご久保」という形で登場します。現在の南矢名四丁目の大根中や秦野精華園の北側にある窪地を指した名称でした。

 名称は「金剛(=こんご)」が古語の「こごし」に由来する「岩がゴツゴツ重なってけわしい所(の窪地)」、または「カハ(川)・ゴ(処)」の転じたもので「川のある所(の窪地)」の意味と推測できます。

 私は窪地であることと湧き水の多い土地であることから、後者の川のある窪地のほうが説得力があるように感じます。

にしのくぼ
にしのくぼ

現在の西ノ久保
現在の西ノ久保

西ノ久保(にしのくぼ)

 …北矢名のおおね台団地とさわやか農園のある台地の間にある窪地を指した名称であると思われます。

 名称は田中(たなか)・谷戸(やと)などの集落からみて西側に位置する窪地であることからその名前がついたと思われます。


 (8/31追記)金剛久保・西ノ久保の写真をアップいたしました。西ノ久保は今でも窪地の畑ですが金剛久保は住宅地に変貌しています。


 次回(第22回)は9月7日です。


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2011.08.10 Wednesday 00:02
 おにぎりです。今回は大根川の支流の支流である雉ヶ谷戸(きじがやと)という小さな沢をクローズアップしてみたいと思います。

 雉ヶ谷戸の名は天保六年(1835年)につくられた『相模国大住郡南北矢名村絵図』に「きぢがやと」としてその名前が見え、北矢名(きたやな)の中尾(なかお)集落の上手にある斜面から湧き出る水を源頭として大根川の支流・田中川(たなかがわ)に注いでいます。

雉ヶ谷戸
「きぢがやと」の載る絵図

 この雉ヶ谷戸ですが、なんと現在でも農業用水としてほぼ変わらない姿を残しています。では早速現在の雉ヶ谷戸を遡って見てみましょう。

雉ヶ谷戸下流部
雉ヶ谷戸下流部

 田中川と合流する辺りは北矢名の横町(よこまち)と呼ばれる一帯で、現在でも少しだけ田んぼが残っています。夏になると堰を設けて田んぼに水を引き入れている様子も見られます。

雉ヶ谷戸
田園地帯を抜ける雉ヶ谷戸

 東名高速道をくぐると、そこは中尾集落のすぐ手前あたりになり、こちらは下流よりも広い田園地帯を抜けて集落に入っていきます。集落の脇を抜けると源頭である斜面に行きあたります。

雉ヶ谷戸
雉ヶ谷戸源頭

 写真では汚いドブの様に映ってしまいましたが、ここは赤土の斜面で至るところから水が滲み出していました。私がここを撮影したのは昨年の6月でしたが、水温はかなり冷たかったのをよく覚えています。

 ちなみに雉ヶ谷戸の名の由来は、「きじ」が「きし(=岸)」の濁音化したもので、「切り立ったところ」を表す言葉であることから「切り立った地形のある谷戸」の意味と思われます。(谷戸に関しては第三回『谷戸の街・真田』をご参照ください。)

 このように、ほぼ200年前からある沢が現在でもほぼその流路や役割を変えずに残っていたことに私は感動せずにはいられませんでした。この沢がこれからも変わらずに子々孫々まで受け継がれていくことを願ってやみません。(それと、「雉ヶ谷戸」の名前も復活させられればなとも思っています。)

 次回は8月24日です。


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2011.07.27 Wednesday 00:00
 おにぎりです。のっけから今更感全開なタイトルで申し訳ありません(笑)今回は「大根(おおね)」という地名の成り立ちに迫りたいと思います。

雑敷川
大根川・雑敷川

 この地名の成り立ちに関しては三つの説があります。一つずつ紹介していきますと…

 一、古代氏族のオホ族に因む(オホ族の領地の山=オホ嶺=大根)。

 二、大根の産地であったことから。

 三、(大根川の水源である)弘法山(こうぼうやま)を「大いなる山」として称えた名称(大嶺=大根)。

 一は大根地区を含む大住郡(おおすみぐん)の「大住」や大磯(おおいそ:中郡大磯町)と関連して語られることも多いです。しかし、大磯はもともと大住郡ではなくその隣の淘綾郡(ゆるぎぐん:中郡二宮町・大磯町に相当)にあたることなどを考えるとやや説得力に欠ける気もします。

 そして二は秦野市のかつての名産である「波多野ダイコン(はたの―)」の名産地に因むものとの解釈が一般的です。因みに波多野ダイコンは金目川(かなめがわ)に自生しているノダイコン(野生のダイコン)から良質なものを選び出して栽培していたものとの記録が残っています。大根地区では落幡村(おちはたむら:現在の鶴巻(つるまき))で栽培されていました。

 そして最後の三は地名研究家の楠原佑介(くすはら ゆうすけ)氏の説で、氏の著書『この駅名に問題あり』にて紹介されています。

  …因みに私は三の説が一番説得力があるのではないかと思います。なぜなら弘法山はこの地域において信仰の対象となっている山であり、「大いなる山」と解釈されるに相応しい山であると思えるからです。(もう少し伊勢原寄りに行くと「大いなる山」といえば大山になってしまいますが。)

  次回は8月10日です。 

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2011.07.13 Wednesday 20:48
おにぎりです。今回は前回に引き続きかない道(−みち)をご紹介いたします。

大学の橋とかない道
大学の橋の下を通るかない道

 かない道は宿矢名(しゅくやな)のある波多野道(はたのみち)から分岐し、北上して烏啼坂(からすなきざか)を下り、大根川を渡ったのち北矢名(きたやな)の山中を抜け善波峠(ぜんばとうげ)の西側で矢倉沢往還(やぐらさわおうかん)に合流する街道です。

 現代でほぼ同じルートを通る道に例えれば波多野道が現在の県道62号線、矢倉沢往還が国道246号線に相当し、かない道はこの二つの道をつなぐバイパス路線のようなものです。
(宿矢名・波多野道に関しては第六回『南矢名の宿場町・宿矢名』、烏啼坂に関しては第二回『南矢名の景勝地・烏啼』をご参照ください。)

古道表示図( 古道入り)
古道表示図 青点線がかない道

 上の図では烏啼が地図右側の小さい丸、宿矢名が下側の大きい丸です。

 ちなみにこの近辺は丘陵地帯である為、切り通しが多いことも特徴です。具体的には矢倉沢往還の矢櫃峠(やびつとうげ)などが有名ですが、大学周辺でも北金目(きたかなめ)の高間原(たかまはら)には波多野道の切り通しが存在します。

高間原の切り通し
高間原の切り通し

 また、地名にも街道の名残が存在し、波多野道沿いの地域にはかつて「大道(だいどう)」という地名が存在し、波多野道が主要な街道であったことが伺えます。現在と同じように、地域のメインストリートは形を変えながら私たちの生活に欠かせないものであり続けるのかもしれません。

 次回は7月27日です。

資料提供:古道表示図(野間紀之様)

バックナンバー
第十七回『烏啼谷戸とかない道(前編)』
第十六回『落幡ってどんな場所ですか?(後編)』
第十五回『落幡ってどんな場所ですか?(前編)』
第十四回『矢名八窪(南矢名編)』
第十三回『矢名八窪(北矢名編)』
第十二回『おすわさんと諏訪ノ沢』
第十一回『ヒブリとあからしの頃』
第十回『とある根丸島の古代集落』
第九回『横井戸のおはなし』
第八回『大根地区に眠る「塩」の地名・その二』
第七回『大根地区に眠る「塩」の地名』
第六回『南矢名の宿場町・宿矢名』
第五回『北矢名にあった幻の寺院・長昌院に迫る!』
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
新コーナー始まります!
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