2012.07.16 Monday 01:34
 突然忙しくなったので散々遅れて本日掲載です。…ごめんなさい><

 …というわけでおにぎりです><…今回は前回に引き続き江戸期の烏啼(からすなき)周辺を題材にお送りいたします。

 まずは前回の地図をもう一度見てみましょう。

清書
烏啼谷戸・五反田概略図


 今回はこのうち、右側(西)にある「谷(やと)」「ごたんだ」についてお送りします。

(地名の漢字表記はおにぎりによるものであり、出典はございませんのであしからず。)



やと
やと@五反田


●やと/谷戸

 …二つの谷戸のうち、あえて呼び分けるなら「五反田谷戸」とでもいうのがいいのかもしれません。

 現在の南矢名二丁目西部にあたる地域です。さざんかのある谷の地形になっているところに相当します。

 このようになる前は現在の烏啼のように奥までなだらかな谷になっていたらしいです。


ごたんだ
五反田


●ごたんだ/五反田

 …さざんかの下、安藤病院(秦野厚生病院)の駐車場や畑やこじんまりとした雑木林のあるあたりです。

 五反田とは東京の五反田も有名ですが、全国各地にある地名で田んぼの面積が五反ほどあったところについています。

 ちなみに一反は約300坪で、単純計算で300×5=1500坪分の田んぼがこの地にあったようです。広い。


 次回は江戸期の烏啼谷戸編・たぶん最終回です><


バックナンバー
第四十一回『烏啼谷戸と字名と(中前編)』
第四十回『烏啼谷戸と字名と(前編)』
第三十九回『大根駅と東海大学前駅(後編)』
第三十八回『大根駅と東海大学前駅(前編)』
第三十七回『真田の門前町・寺尾』
第三十六回『学前の御徒町・雑敷』
第三十五回『北矢名・一ノ沢の滝壺』
第三十四回『地名の歩き方と車橋』
第三十三回『鶴巻芦谷の鎮守様・多賀宮』
第三十二回『真田のラストオアシス・中ノ谷津』
第三十一回『真田へ谷戸の名残をさがしに』
第三十回『お地蔵さんとお山王さんと堂坂』
第二十九回『原 久胤と下大槻』
第二十八回『下谷戸』
第二十七回『大塚所の古墳群』
第二十六回『宮田橋』
第二十五回『田んぼ、名残、学前にて』
第二十四回『南矢名‐曽屋 うとう坂を登る』
第二十三回『真田・大谷津沢を遡る(支流編)』
第二十二回『真田・大谷津沢を遡る(本流編)』
第二十一回『矢名八窪(天保編)』
第二十回『忘れられた清流・雉ヶ谷戸』
第十九回『そもそもなんで大根は「大根」なの?』
第十八回『烏啼谷戸とかない道(後編)』
第十七回『烏啼谷戸とかない道(前編)』
第十六回『落幡ってどんな場所ですか?(後編)』
第十五回『落幡ってどんな場所ですか?(前編)』
第十四回『矢名八窪(南矢名編)』
第十三回『矢名八窪(北矢名編)』
第十二回『おすわさんと諏訪ノ沢』
第十一回『ヒブリとあからしの頃』
第十回『とある根丸島の古代集落』
第九回『横井戸のおはなし』
第八回『大根地区に眠る「塩」の地名・その二』
第七回『大根地区に眠る「塩」の地名』
第六回『南矢名の宿場町・宿矢名』
第五回『北矢名にあった幻の寺院・長昌院に迫る!』
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
新コーナー始まります!
| おおねの語り部 | comments(0) | trackbacks(0) |
2012.06.13 Wednesday 11:27
 おにぎりです><…今回は前回に引き続き江戸期の烏啼(からすなき)を題材にお送りいたします。

 まずは前回の地図をもう一度見てみましょう。

清書
烏啼谷戸・五反田概略図


 今回はこのうち、南側(上)にある「やとだい」「たぶち」「まえやと」についてお送りします。

(地名の漢字表記はおにぎりによるものであり、出典はございませんのであしからず。)



やとだい
やとだい


●やとだい/谷戸台

 …現在の急階段ローソン側の段になっているところあたりと推測されます。地名はそのまま「谷戸の中にある台になった地形」の意味と思います。


たぶち
たぶち(地図上部)


●たぶち/田淵(地図上部の二つ)

 …三か所ある「たぶち」のうち今回は二か所をお送りします。現在ルヴェランスの下手から大きく迂回し、急階段の上に繋がるヘアピンカーブの坂があるあたりです。

 名称は「田の縁」で、ここ烏啼谷戸では豊富な水利を活かした谷戸田が営まれており、その情景を現在につたえる碑のような存在です。


まえやと
まえやと


●まえやと/前谷戸

 …坂を降り切った谷戸の平地あたりについている地名です。地名の由来は「前側の谷戸」の意味と思いますが、何の前なのかはよく解りません。

 あくまで推測ですが、このすぐ脇に通っている烏啼坂(からすなきざか:バス通りの坂)の道はかつては矢倉沢往還(やぐらさわおうかん:いわば「江戸時代版246」)の

迂回路というメインストリート沿いであったため、「この道から一番手前側に見える谷戸」の意味ともとれなくはないと思います。


 次回も烏啼谷戸です。ではまた。


バックナンバー
第四十回『烏啼谷戸と字名と(前編)』
第三十九回『大根駅と東海大学前駅(後編)』
第三十八回『大根駅と東海大学前駅(前編)』
第三十七回『真田の門前町・寺尾』
第三十六回『学前の御徒町・雑敷』
第三十五回『北矢名・一ノ沢の滝壺』
第三十四回『地名の歩き方と車橋』
第三十三回『鶴巻芦谷の鎮守様・多賀宮』
第三十二回『真田のラストオアシス・中ノ谷津』
第三十一回『真田へ谷戸の名残をさがしに』
第三十回『お地蔵さんとお山王さんと堂坂』
第二十九回『原 久胤と下大槻』
第二十八回『下谷戸』
第二十七回『大塚所の古墳群』
第二十六回『宮田橋』
第二十五回『田んぼ、名残、学前にて』
第二十四回『南矢名‐曽屋 うとう坂を登る』
第二十三回『真田・大谷津沢を遡る(支流編)』
第二十二回『真田・大谷津沢を遡る(本流編)』
第二十一回『矢名八窪(天保編)』
第二十回『忘れられた清流・雉ヶ谷戸』
第十九回『そもそもなんで大根は「大根」なの?』
第十八回『烏啼谷戸とかない道(後編)』
第十七回『烏啼谷戸とかない道(前編)』
第十六回『落幡ってどんな場所ですか?(後編)』
第十五回『落幡ってどんな場所ですか?(前編)』
第十四回『矢名八窪(南矢名編)』
第十三回『矢名八窪(北矢名編)』
第十二回『おすわさんと諏訪ノ沢』
第十一回『ヒブリとあからしの頃』
第十回『とある根丸島の古代集落』
第九回『横井戸のおはなし』
第八回『大根地区に眠る「塩」の地名・その二』
第七回『大根地区に眠る「塩」の地名』
第六回『南矢名の宿場町・宿矢名』
第五回『北矢名にあった幻の寺院・長昌院に迫る!』
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
新コーナー始まります!
| おおねの語り部 | comments(0) | trackbacks(0) |
2012.05.30 Wednesday 10:27
 おにぎりです><…皆様のおかげで遂におおねの語り部は第四十回を迎えました。

 記念すべき今回はおにぎりのお気に入り・烏啼(からすなき)を題材にお送りいたします。

 烏啼は当コーナーでも何回か取り上げていますが、今回は江戸期の烏啼の字名とその類推そして現在の同地を見比べてみたいと思います><*

江戸期の烏啼
江戸期の烏啼


 こちらは烏啼のうち現在の南矢名(みなみやな)二丁目に当たる箇所です。このままでは見づらいので書き直してみます。

清書
上記の清書版


 だいたいこのような感じです。ちなみに白いところは水田、緑のポチポチは雑木林、灰色のべた塗りは畑、緑線は川、赤線は道です。

 駅前大通りやそこに架かる暘橋(ひのでばし)はまだありませんでした。

 では、次回からはそれぞれの地名があった場所に向かってみたいと思います。



バックナンバー
第三十九回『大根駅と東海大学前駅(後編)』
第三十八回『大根駅と東海大学前駅(前編)』
第三十七回『真田の門前町・寺尾』
第三十六回『学前の御徒町・雑敷』
第三十五回『北矢名・一ノ沢の滝壺』
第三十四回『地名の歩き方と車橋』
第三十三回『鶴巻芦谷の鎮守様・多賀宮』
第三十二回『真田のラストオアシス・中ノ谷津』
第三十一回『真田へ谷戸の名残をさがしに』
第三十回『お地蔵さんとお山王さんと堂坂』
第二十九回『原 久胤と下大槻』
第二十八回『下谷戸』
第二十七回『大塚所の古墳群』
第二十六回『宮田橋』
第二十五回『田んぼ、名残、学前にて』
第二十四回『南矢名‐曽屋 うとう坂を登る』
第二十三回『真田・大谷津沢を遡る(支流編)』
第二十二回『真田・大谷津沢を遡る(本流編)』
第二十一回『矢名八窪(天保編)』
第二十回『忘れられた清流・雉ヶ谷戸』
第十九回『そもそもなんで大根は「大根」なの?』
第十八回『烏啼谷戸とかない道(後編)』
第十七回『烏啼谷戸とかない道(前編)』
第十六回『落幡ってどんな場所ですか?(後編)』
第十五回『落幡ってどんな場所ですか?(前編)』
第十四回『矢名八窪(南矢名編)』
第十三回『矢名八窪(北矢名編)』
第十二回『おすわさんと諏訪ノ沢』
第十一回『ヒブリとあからしの頃』
第十回『とある根丸島の古代集落』
第九回『横井戸のおはなし』
第八回『大根地区に眠る「塩」の地名・その二』
第七回『大根地区に眠る「塩」の地名』
第六回『南矢名の宿場町・宿矢名』
第五回『北矢名にあった幻の寺院・長昌院に迫る!』
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
新コーナー始まります!
| おおねの語り部 | comments(0) | trackbacks(0) |
2012.05.02 Wednesday 00:00
 こんにちは。おにぎりです><*…今回は面白い写真を見つけてきたので皆さんにご紹介申し上げたいと思います。

東海大学前駅完成予想図
完成予想図


 開発される場所のランドマークとなるものや新築される駅舎にはつきものの完成予想図。この完成予想図はなんと…

東海大学前駅
東海大学前駅


 毎度おなじみ学前駅の完成予想図です。…大まかな作りは似てますが北矢名(きたやな)方面に通じる北口がなかったりと細部に違いが見られます。

 …ちなみに改札の完成予想図はこんな感じでした。

東海大学前駅完成予想図(改札)
完成予想図(改札)


 

 …では、大昔の大根駅はどんな姿をしていたかといいますと…

大根駅
大根駅


 こちらのような感じです。奥に見える仲川商店は現在のスリーエフさんです。駅舎自体は東●線の小駅のような感じで、このころは駅前通りの桜が大変きれいだったようです。

 次回は第二十五回でも紹介したような駅の昔の姿をクローズアップしてみたいと思います。


バックナンバー
第三十七回『真田の門前町・寺尾』
第三十六回『学前の御徒町・雑敷』
第三十五回『北矢名・一ノ沢の滝壺』
第三十四回『地名の歩き方と車橋』
第三十三回『鶴巻芦谷の鎮守様・多賀宮』
第三十二回『真田のラストオアシス・中ノ谷津』
第三十一回『真田へ谷戸の名残をさがしに』
第三十回『お地蔵さんとお山王さんと堂坂』
第二十九回『原 久胤と下大槻』
第二十八回『下谷戸』
第二十七回『大塚所の古墳群』
第二十六回『宮田橋』
第二十五回『田んぼ、名残、学前にて』
第二十四回『南矢名‐曽屋 うとう坂を登る』
第二十三回『真田・大谷津沢を遡る(支流編)』
第二十二回『真田・大谷津沢を遡る(本流編)』
第二十一回『矢名八窪(天保編)』
第二十回『忘れられた清流・雉ヶ谷戸』
第十九回『そもそもなんで大根は「大根」なの?』
第十八回『烏啼谷戸とかない道(後編)』
第十七回『烏啼谷戸とかない道(前編)』
第十六回『落幡ってどんな場所ですか?(後編)』
第十五回『落幡ってどんな場所ですか?(前編)』
第十四回『矢名八窪(南矢名編)』
第十三回『矢名八窪(北矢名編)』
第十二回『おすわさんと諏訪ノ沢』
第十一回『ヒブリとあからしの頃』
第十回『とある根丸島の古代集落』
第九回『横井戸のおはなし』
第八回『大根地区に眠る「塩」の地名・その二』
第七回『大根地区に眠る「塩」の地名』
第六回『南矢名の宿場町・宿矢名』
第五回『北矢名にあった幻の寺院・長昌院に迫る!』
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
新コーナー始まります!
| おおねの語り部 | comments(0) | trackbacks(0) |
2012.04.18 Wednesday 10:00
 こんにちは。おにぎりです><*…今回は真田(さなだ)の寺尾(てらお)地区を歩いてみたいと思います。

バス停
寺尾バス停


 寺尾は真田のほぼ中央にある集落で、第四回でも紹介した天徳寺(てんとくじ)の近くにあります。そしてその名前も「寺(=天徳寺)のある尾根」を意味しています。

 この辺りは現在の真田一丁目にあたり、周辺では開発が進んでいる一方で竹林が残ってる場所もありかつての面影を感じさせます。

交差点
交差点と竹林


 そのすぐ脇には遊水池もありガマやアシなどといった水生植物や、運が良ければ水鳥の姿も見られます。

 また真田には他にも遊水池があり、かつてこのあたり一帯が良く言えば水に恵まれている一方でその水と闘ってきた歴史も垣間見えます。

遊水地
寺尾の遊水池


 真田の北方を流れる大根川(おおねがわ)は、かつて現在よりも水量の非常に多い川で、降雨時は堤防が「真田に切れるか落幡(おちはた=鶴巻)に切れるか」と言われるくらいのものでした。

 その川も大人しくなり、真田には新たな街が生まれたところを見ると、やはり時代というものは変わっていくものなのだなと実感せざるをえません。

 ですが、その街その街ごとにある個性を大切にしていきたい…という思いも新たにしたおにぎりでした。


バックナンバー
第三十六回『学前の御徒町・雑敷』
第三十五回『北矢名・一ノ沢の滝壺』
第三十四回『地名の歩き方と車橋』
第三十三回『鶴巻芦谷の鎮守様・多賀宮』
第三十二回『真田のラストオアシス・中ノ谷津』
第三十一回『真田へ谷戸の名残をさがしに』
第三十回『お地蔵さんとお山王さんと堂坂』
第二十九回『原 久胤と下大槻』
第二十八回『下谷戸』
第二十七回『大塚所の古墳群』
第二十六回『宮田橋』
第二十五回『田んぼ、名残、学前にて』
第二十四回『南矢名‐曽屋 うとう坂を登る』
第二十三回『真田・大谷津沢を遡る(支流編)』
第二十二回『真田・大谷津沢を遡る(本流編)』
第二十一回『矢名八窪(天保編)』
第二十回『忘れられた清流・雉ヶ谷戸』
第十九回『そもそもなんで大根は「大根」なの?』
第十八回『烏啼谷戸とかない道(後編)』
第十七回『烏啼谷戸とかない道(前編)』
第十六回『落幡ってどんな場所ですか?(後編)』
第十五回『落幡ってどんな場所ですか?(前編)』
第十四回『矢名八窪(南矢名編)』
第十三回『矢名八窪(北矢名編)』
第十二回『おすわさんと諏訪ノ沢』
第十一回『ヒブリとあからしの頃』
第十回『とある根丸島の古代集落』
第九回『横井戸のおはなし』
第八回『大根地区に眠る「塩」の地名・その二』
第七回『大根地区に眠る「塩」の地名』
第六回『南矢名の宿場町・宿矢名』
第五回『北矢名にあった幻の寺院・長昌院に迫る!』
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
新コーナー始まります!
| おおねの語り部 | comments(0) | trackbacks(0) |
2012.03.21 Wednesday 00:17
 最近作詞作曲のペンネームを「宇田川バルテルミ(うだがわ ―)」にした助役のおにぎりです。

 今回は大根の玄関口にあったといわれている城下町についてお送りしたいと思います。

雑敷
雑敷近辺


 駅前から少しだけ南側に歩いていくと、東西に延びる少し細めの通りがあります。

 このあたりはかつて「雑敷(ぞうしき)」と呼ばれ、大根川のうち南矢名(みなみやな)一丁目にあたる地区に接するあたりもかつては「雑敷川(ぞうしきがわ)」と呼ばれていました。

 この雑敷ですが、こんな面白い話があります。

 秦野の地名研究家である石塚利雄氏の著書『秦野地方の地名をたずねて』をはじめ、氏の著書にはこう書いてあります。


「雑敷は矢名城(やなじょう:南矢名にあった城)に付随するもので、この城の使用人など下級武士を住まわせたところである(要約)」


 つまり、氏の説は「歴史的にみると雑敷≒御徒町のような意味合い」だというのです。…現在この近辺は商業地区になっていますし、そういう意味でもなんと面白い感じがするのだろうと思います。

 次回は遂に四月ですね…。そういえば、

ふきのとう
ふきのとう


 もうこんな季節になりましたね。…弘法山に向かう途中、龍法寺(りゅうほうじ)近くの段々畑の脇で撮影しました。

 ではまた!


バックナンバー
第三十五回『北矢名・一ノ沢の滝壺』
第三十四回『地名の歩き方と車橋』
第三十三回『鶴巻芦谷の鎮守様・多賀宮』
第三十二回『真田のラストオアシス・中ノ谷津』
第三十一回『真田へ谷戸の名残をさがしに』
第三十回『お地蔵さんとお山王さんと堂坂』
第二十九回『原 久胤と下大槻』
第二十八回『下谷戸』
第二十七回『大塚所の古墳群』
第二十六回『宮田橋』
第二十五回『田んぼ、名残、学前にて』
第二十四回『南矢名‐曽屋 うとう坂を登る』
第二十三回『真田・大谷津沢を遡る(支流編)』
第二十二回『真田・大谷津沢を遡る(本流編)』
第二十一回『矢名八窪(天保編)』
第二十回『忘れられた清流・雉ヶ谷戸』
第十九回『そもそもなんで大根は「大根」なの?』
第十八回『烏啼谷戸とかない道(後編)』
第十七回『烏啼谷戸とかない道(前編)』
第十六回『落幡ってどんな場所ですか?(後編)』
第十五回『落幡ってどんな場所ですか?(前編)』
第十四回『矢名八窪(南矢名編)』
第十三回『矢名八窪(北矢名編)』
第十二回『おすわさんと諏訪ノ沢』
第十一回『ヒブリとあからしの頃』
第十回『とある根丸島の古代集落』
第九回『横井戸のおはなし』
第八回『大根地区に眠る「塩」の地名・その二』
第七回『大根地区に眠る「塩」の地名』
第六回『南矢名の宿場町・宿矢名』
第五回『北矢名にあった幻の寺院・長昌院に迫る!』
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
新コーナー始まります!
| おおねの語り部 | comments(0) | trackbacks(0) |
2012.03.07 Wednesday 02:34
 おにぎりです。今回は北矢名(きたやな)にある田中川(たなかがわ)の上流・一ノ沢(いちのさわ)をお送りしようと思います。

 田中川は大根川(おおねがわ)の支流で、北矢名の北にある阿弥陀峯峠(あみだぶとうげ)へと続く長坂(ながさか)あたりから流れてきています。

途中
阿弥陀峯峠へ向かう途中


 因みに一ノ沢という名前は江戸期の絵図に見られ、「一番主要な沢」つまり「本流となる沢」の意味と思われます。

 各地には「一ノ沢」の近くに「二ノ沢」「三ノ沢」…というナンバリングの要領で沢の名称がつけられたところもあります。

 …さて、北矢名の一ノ沢にはこんなところがあるのです。

滝壺
一ノ沢の滝壺


 …なんと滝壺があるのです。あたりは竹や木立があり、駅から歩いて行ける距離にあるところとは到底思えません。

竹林
長坂あたりの竹林


 このあたりは両岸・底ともに護岸されておらず、自然のままの沢が楽しめます。…更に丸太橋までありますが、画像の通りなので渡るのはやめましょう。

丸太橋
崩れた丸太橋


 次回は21日です。この頃にはもう暖かくなってるんですかね…。

―――補足―――

 多賀宮の境内社はまだ調査できてないので後日お送りしようと思います。すみません><


バックナンバー
第三十四回『地名の歩き方と車橋』
第三十三回『鶴巻芦谷の鎮守様・多賀宮』
第三十二回『真田のラストオアシス・中ノ谷津』
第三十一回『真田へ谷戸の名残をさがしに』
第三十回『お地蔵さんとお山王さんと堂坂』
第二十九回『原 久胤と下大槻』
第二十八回『下谷戸』
第二十七回『大塚所の古墳群』
第二十六回『宮田橋』
第二十五回『田んぼ、名残、学前にて』
第二十四回『南矢名‐曽屋 うとう坂を登る』
第二十三回『真田・大谷津沢を遡る(支流編)』
第二十二回『真田・大谷津沢を遡る(本流編)』
第二十一回『矢名八窪(天保編)』
第二十回『忘れられた清流・雉ヶ谷戸』
第十九回『そもそもなんで大根は「大根」なの?』
第十八回『烏啼谷戸とかない道(後編)』
第十七回『烏啼谷戸とかない道(前編)』
第十六回『落幡ってどんな場所ですか?(後編)』
第十五回『落幡ってどんな場所ですか?(前編)』
第十四回『矢名八窪(南矢名編)』
第十三回『矢名八窪(北矢名編)』
第十二回『おすわさんと諏訪ノ沢』
第十一回『ヒブリとあからしの頃』
第十回『とある根丸島の古代集落』
第九回『横井戸のおはなし』
第八回『大根地区に眠る「塩」の地名・その二』
第七回『大根地区に眠る「塩」の地名』
第六回『南矢名の宿場町・宿矢名』
第五回『北矢名にあった幻の寺院・長昌院に迫る!』
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
新コーナー始まります!
| おおねの語り部 | comments(0) | trackbacks(0) |
2012.02.22 Wednesday 12:09
 おにぎりです。今回は地名の歩き方と題しまして、皆さんに地名をもっと身近に感じていただきたいと思います。

 皆さんは散歩していてこんな看板を見つけたことはないでしょうか。

計画板
開発事業計画板


 はい。工事現場やこれから工事現場になる場所に立つあの看板です。この看板のここにご注目下さい。

拡大
上記の拡大


 皆さんおなじみ真田(さなだ)と地番の間に字車橋(あざ くるまばし)と書いてあるのがお分かりいただけると思います。

(念のため店舗名その他特定できるものは伏せさせていただきました。)

 不動産の登記簿には現在でも字名が使われているため、このように開発事業計画板には字名が書かれていることが多いのです。

 因みに車橋とは真田城の郭(くるわ:城郭を取り囲む防御施設)の端、つまり「郭の端」を示す「郭端(くるわはし)」が転訛して「車橋」になったと推測されます。

 実際に当地は真田地区の西端にあたり、近くに大根川など天然の堀となるものも存在しています。また、大根川に存在する烏啼の堰(第一回参照)は真田村(江戸期の真田)においては「車橋の堰」と呼ばれていたようです。

 ではまた!

―――補足―――
 多賀宮の境内社はまた後日お送りしようと思います。ごめんなさい。


バックナンバー
第三十三回『鶴巻芦谷の鎮守様・多賀宮』
第三十二回『真田のラストオアシス・中ノ谷津』
第三十一回『真田へ谷戸の名残をさがしに』
第三十回『お地蔵さんとお山王さんと堂坂』
第二十九回『原 久胤と下大槻』
第二十八回『下谷戸』
第二十七回『大塚所の古墳群』
第二十六回『宮田橋』
第二十五回『田んぼ、名残、学前にて』
第二十四回『南矢名‐曽屋 うとう坂を登る』
第二十三回『真田・大谷津沢を遡る(支流編)』
第二十二回『真田・大谷津沢を遡る(本流編)』
第二十一回『矢名八窪(天保編)』
第二十回『忘れられた清流・雉ヶ谷戸』
第十九回『そもそもなんで大根は「大根」なの?』
第十八回『烏啼谷戸とかない道(後編)』
第十七回『烏啼谷戸とかない道(前編)』
第十六回『落幡ってどんな場所ですか?(後編)』
第十五回『落幡ってどんな場所ですか?(前編)』
第十四回『矢名八窪(南矢名編)』
第十三回『矢名八窪(北矢名編)』
第十二回『おすわさんと諏訪ノ沢』
第十一回『ヒブリとあからしの頃』
第十回『とある根丸島の古代集落』
第九回『横井戸のおはなし』
第八回『大根地区に眠る「塩」の地名・その二』
第七回『大根地区に眠る「塩」の地名』
第六回『南矢名の宿場町・宿矢名』
第五回『北矢名にあった幻の寺院・長昌院に迫る!』
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
新コーナー始まります!
| おおねの語り部 | comments(0) | trackbacks(0) |
2012.02.08 Wednesday 10:44
 どうも!おにぎりです\(^o^)/。今回は鶴巻(つるまき)にある多賀宮(たがぐう)についてお送りします。

多賀宮
多賀宮


 多賀宮は鶴巻北一丁目の丘の上にある神社で、幕末の頃に編纂された『新編相模国風土記稿』にも大住郡落幡村(おおすみのこおり おちはたむら:現・鶴巻)の鎮守・多賀大明神(たがだいみょうじん)として記載されています。また、多賀神社とも呼ばれているようです。

 多賀大明神は現在の滋賀県犬上郡多賀町(いぬかみぐん たがちょう)にある多賀大社からの分社で、この多賀大社にはイザナギ・イザナミの二柱が祀られています。

水盤
水盤


 落幡つまり鶴巻の総鎮守はもちろん落幡神社ですが、多賀宮は推測するに鶴巻の芦谷(あしや)の鎮守の様です。水盤は嘉永二年(1849年)四月吉日と銘が彫られています。

境内社
境内社


 多賀宮周辺は現在住宅地となっており、多賀宮自体の敷地は非常に狭くなっています。敷地内には境内社が三社あり、手前側に二社そして奥に朱塗りの鳥居付きの稲荷社があります。

多賀宮境内図
多賀宮境内図


 次回は2月22日…それまでに多賀宮の境内社が何の神様か解れば続編をお送りしたいと思います。

――余談――

 この大社はお守りとして杓子(しゃくし:しゃもじのこと)を授けるのが習わしであり、「お多賀さんの杓子」つまり「お多賀杓子」が転じて「おたまじゃくし」の語源になったと言われています。


バックナンバー
第三十二回『真田のラストオアシス・中ノ谷津』
第三十一回『真田へ谷戸の名残をさがしに』
第三十回『お地蔵さんとお山王さんと堂坂』
第二十九回『原 久胤と下大槻』
第二十八回『下谷戸』
第二十七回『大塚所の古墳群』
第二十六回『宮田橋』
第二十五回『田んぼ、名残、学前にて』
第二十四回『南矢名‐曽屋 うとう坂を登る』
第二十三回『真田・大谷津沢を遡る(支流編)』
第二十二回『真田・大谷津沢を遡る(本流編)』
第二十一回『矢名八窪(天保編)』
第二十回『忘れられた清流・雉ヶ谷戸』
第十九回『そもそもなんで大根は「大根」なの?』
第十八回『烏啼谷戸とかない道(後編)』
第十七回『烏啼谷戸とかない道(前編)』
第十六回『落幡ってどんな場所ですか?(後編)』
第十五回『落幡ってどんな場所ですか?(前編)』
第十四回『矢名八窪(南矢名編)』
第十三回『矢名八窪(北矢名編)』
第十二回『おすわさんと諏訪ノ沢』
第十一回『ヒブリとあからしの頃』
第十回『とある根丸島の古代集落』
第九回『横井戸のおはなし』
第八回『大根地区に眠る「塩」の地名・その二』
第七回『大根地区に眠る「塩」の地名』
第六回『南矢名の宿場町・宿矢名』
第五回『北矢名にあった幻の寺院・長昌院に迫る!』
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
新コーナー始まります!
| おおねの語り部 | comments(0) | trackbacks(0) |
2012.01.26 Thursday 14:24
 こんにちは。おにぎりです。

今回は第二十四回でご紹介いたしました「うとう坂」が、

なんとニドワール洋菓子店の商品

「うとう坂リィベリート」として発売されることとなりました!

 今回はこれまでの経緯を含めてレポートしたいと思います。


菊芋
メイン材料の菊芋



 「地産地消のお菓子にその地域の地名を使うって“新しい地産地消”にならないですかね?」



 平成23年初め、私おにぎりはそんなことを思いつきました。しかし、当時おにぎりは就職を間近に控えた学部四年生。また年度末のどたばたも重なりその企画は一旦お流れとなってしまいました。

 ですが、その年の9月におにぎりは大学院生として大根の地に舞い戻ってきました。そして中山さん@ニドワール洋菓子店が立ち上げた「おおねさんぽ地域活性化フードプロジェクト」の一環として私の企画も一緒に再起動することとなりました。

 (中山さんご自身の企画・クッキーとダコワーズのレポートは→こちら

ミンチ
里芋・薩摩芋のミンチ


 そしてまず実現することとなったのが「うとう坂リィベリート」です。うとう坂に関しては上記のとおりなので省略しますが、この坂の途中には眺めのいい場所やのどかな風景も多くあり、そこから「牧歌的な風景」をモチーフにした芋パイにしようと思い立ちました。

 材料は芋の甘みを活かし、なおかつアクセントとして菊芋(きくいも)というマイナーな種類の芋を選択しました。私が小さい頃『食べられる山野草』という本を読んでずっと気になっていた芋です。


 ちなみにこの企画以前に食べたことはありませんでした(←

粗切り
粗切りした菊芋


 中山さんのご発案で菊芋は粗切りにし、菊芋の風味を楽しめるようにしました。

完成品
完成品


 おおねの語り部×ニドワール洋菓子店プレゼンツの牧歌的な愛の歌、うとう坂リィベリート。

 ぜひともご賞味くだされば幸いです。


ニドワール洋菓子店
営業時間10:00〜20:00
秦野市南矢名1-1-1小田急マルシェ東海大学前1F
TEL0463-77-4601
不定休
地図

| おおねの語り部 | comments(0) | trackbacks(0) |
<<back|<123456>|next>>
お知らせ
東海大学駅前商店街マップ
東海大学駅前商店街MAP

おおねさんぽFacebookページ
東海大学前駅ユーザーや東海大学生に知って役立つ情報を発信中!
プロフィール
神奈川県秦野市 小田急線東海大学前駅の「東海大学駅前商店街」が「東海大学生」とタッグを組んで、商店街周辺と東海大学のお得な情報を掲載しています!
カテゴリ
Twitter
Facebook
おおねさんぽ

Facebookページも宣伝
サイト内検索
モバイル
qrcode
カレンダー
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>
最新の投稿
最新のコメント
アーカイブ
リンク
無料ブログ作成サービス JUGEM