2011.03.23 Wednesday 04:28
はじめに:今回の東日本震災の被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
私にできることとして、郷土史という「人の思い」や「ぬくもり」そして「人々の日々の暮らし」に密接な関係がある分野を活かし、少しでも皆様の気持ちが温かく、そして楽しくなるような記事を書いていきたいと思っております。
 平成23年3月23日  栃木県下都賀郡より 筆者


 おにぎりです!皆さまのお蔭でおおねの語り部は第十回を迎えることができました。記念にこんなものをつくってみました><*

とある根丸島の古代集落
とある根丸島の古代集落

 今回は鶴巻にある根丸島(ねまるしま)という丘と、その上にあった遺跡についてお送りいたします。

 根丸島は鶴巻の南五丁目の小田急線沿いにある丘で、その麓にある集落の名前にもなっております。古い時代には単に「丸島(まるしま)」とも呼ばれていました。

この「マル」は山を意味する古語で丹沢あたりに多いといわれていることから「山のような形をした島」の意味と思われます。「島」は低湿地の中にある丘を島にたとえて呼ぶ言葉です。

 また、ここの頂上にある団地は「ひかりの丘」といい、この名前が根丸島の異称・美称として使われることもあります。

根丸島
根丸島

 この根丸島ですが、その小高い地形のため鶴巻の中でも水害の被害を受けにくいとされ「水がつくと(=洪水になると)根丸島と舞台(ぶたい)が島のようになった」と言われたようです。

(舞台も鶴巻の集落で、その地名の由来は大根川の流水作用で出来た「舞台のように細長い台地」と思われます。)

舞台集落
舞台集落

 さて、そろそろお話を根丸島遺跡に移します。この遺跡からはなんと約700軒にも上る住居跡、そして稲の籾(もみ)の跡が付いた土器、そして糸車など様々なものが出土しました。神奈川県下で見てもかなり大規模な集落だそうです。

 鶴巻の古くからの方に伺うと「根丸島には万単位の人が住んでいた」と仰ってました。単純に1万人だとしても10000÷700で計算すれば一世帯当たり約14人です。

現在の核家族と違って一族親戚が寄り集まって暮らしていたと考えるならば、さほど不自然な人数ではないことがわかります。


今回も御覧くださりありがとうございました。次回は4月6日を予定しております。私事ですが社会人となって初めての記事になりそうです。

バックナンバー
第九回『横井戸のおはなし』
第八回『大根地区に眠る「塩」の地名・その二』
第七回『大根地区に眠る「塩」の地名』
第六回『南矢名の宿場町・宿矢名』
第五回『北矢名にあった幻の寺院・長昌院に迫る!』
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
新コーナー始まります!
| おおねの語り部 | comments(0) | trackbacks(0) |
Comment
name:
email:
url:
comments:
Trackback
http://ohne-sanpo.com/trackback/796
お知らせ
東海大学駅前商店街マップ
東海大学駅前商店街MAP

おおねさんぽFacebookページ
東海大学前駅ユーザーや東海大学生に知って役立つ情報を発信中!
プロフィール
神奈川県秦野市 小田急線東海大学前駅の「東海大学駅前商店街」が「東海大学生」とタッグを組んで、商店街周辺と東海大学のお得な情報を掲載しています!
カテゴリ
Twitter
Facebook
おおねさんぽ

Facebookページも宣伝
サイト内検索
モバイル
qrcode
カレンダー
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>
最新の投稿
最新のコメント
アーカイブ
リンク
無料ブログ作成サービス JUGEM