2011.01.26 Wednesday 14:24
おはこんばんちは!おにぎりです\(^o^)/。

第6回目を迎えた歴史コラム「おおねの語り部」、今回は南矢名(みなみやな)の南東にある街・宿矢名(しゅくやな)についてお送りしたいと思います。

宿矢名は古くは矢名宿(やなじゅく)と呼ばれ、宿の字が示すとおり平塚宿(ひらつかじゅく)と曽屋(そや)という二つの街を結ぶ曽屋道(そやみち)という街道の上に発達した宿場町で、平塚宿は現在の平塚市中心部、曽屋は秦野の中心地にあたります。

また、当時曽屋は十日市場(とおかいちば)という別名でも呼ばれていました。

宿矢名の街並み
宿矢名の街並み

また、宿矢名は宿場町としてだけではなく、門前町としても栄えました。

現在も宿矢名の一番奥には“お薬師さま”こと東光寺薬師堂(とうこうじやくしどう)が宿矢名の街を見守るように佇んでいます。
この大きな仁王門を誇る薬師堂は安永3年(1774年)に建立されたと伝えられ、仁王門は秦野市内でも二つしかないものの一つです。

東光寺薬師堂
東光寺薬師堂

そして、歴史の古い街ならではの伝承も伝わっています。

それは宿矢名の東端にかかる八声橋(やごえばし)という橋にまつわるものです。

この橋は源 実朝(みなもと の さねとも)が殺害された後、彼の首を持った三浦氏の家臣・武 常晴(たけ つねはる)が波多野(はたの)の田原(たはら:秦野市西田原・東田原)へ向かう際に通り、このあたりで夜が明け、鶏が鳴いたのでこの橋は以後八声橋と呼ばれるようになったといわれています。

八声橋
八声橋

そして現在の宿矢名は東海大学湘南校舎に近いこともあり、学生向けのアパートが立ち並んでいます。

またコンビニエンスストアもあることから生活には非常に便利なエリアとなっており、言うならば“曽屋道を行き交う旅人の宿場町“であった宿矢名は“全国から集まった学生たちの宿場町”へと変貌を遂げたのでしょう。

今回も御高覧いただきありがとうございました(・∀・)。次回は2月9日を予定しています。

バックナンバー
第五回『北矢名にあった幻の寺院・長昌院に迫る!』
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
新コーナー始まります!
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