2011.01.12 Wednesday 01:10
どうも!おにぎりです\(^o^)/。

今回で第5回目を迎えた歴史コラム「おおねの語り部」、今回は北矢名(きたやな)地区にかつてあった“長昌院(ちょうしょういん)”というお寺についてお送りしたいと思います。

北矢名の東名高速道路を超えたところにある蛇久保(じゃくぼ)と呼ばれる集落の奥、そしておおね台団地の東側にある谷戸の段々畑になっている一角に長昌院はありました。

蛇久保の段々畑
蛇久保の段々畑

山号を竜峯山(りゅうぶざん)といい、本尊は華厳釈迦(けごんしゃか)でした。
江戸期に北矢名村の村民である今井彦右衛門(いまい ひこえもん)という人物によってなされたと伝えられています。

もともとは彼が個人的に建てた“松柏山伝宗院(しょうはくざん でんそういん)”というお堂だったようですが、後の慶安年間(1648‐1651年)に大住郡善波村(おおすみのこおり ぜんばむら:現在の伊勢原市善波)の鹿窪(ししくぼ:同市善波の獅子久保)にあった廃寺から山号と本尊を譲り受け、同じく善波にある勝興寺(しょうこうじ)というお寺の末寺として開山(お寺の創建)しました。

現在の長昌院跡
長昌院跡

しかし、その後天保6年(1835年)になると住職のいない無住の寺院となってしまい、明治に入って間もない頃に遂に廃寺となってしまいました。
現在は多宝塔のみが残っており、また近年には墓地としても整備されたようです。

長昌院の多宝塔
長昌院跡の多宝塔

ちなみに地名にも長昌院の名残は見受けられ、同地近くの段々畑あたりには“寺ノ前(てらのまえ)”や“寺ノ上(てらのうえ)”という字が現在でも残っており、長昌院から西側にある現在のおおね台団地の北側にあたる丘はかつて“坊主山(ぼうずやま)”と呼ばれていました。
長昌院の管理下に置かれた“寺領の山”という意味と思われます。

近年都市化の波が激しい大根地区ですが、ここのように往年の姿を残す場所もまだまだあるようです。このような風景がいつまでも大事にされていくことを願ってやみません。

…以上おにぎりでした。次回は今月26日を予定しています( ^ω^)

バックナンバー
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
新コーナー始まります!
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