2010.12.01 Wednesday 00:02
またもおにぎりです\(^o^)/。歴史コラム「おおねの語り部」前回は「一本橋の堰と烏啼の堰(いっぽんばしのせきとからすなきのせき)」をご紹介しました。

今回は第一回で取り上げた「烏啼(からすなき)」をさらに掘り下げて皆様にご紹介いたしたいと思います(*´д`*)

前回つまり第一回の記事で申し上げたとおり、この地名が一番初めに出てくるのはなんと江戸時代にまで遡ります。
もちろん史料が残っていないだけで200年以上前から使われていると推測されます。

またその歴史を物語るように「三ノ宮の神輿がここを通る頃に夜が明けてカラスが啼いたから「烏啼」と呼ばれるようになった」という説話も人々の間に語り継がれ、バス通りの坂は地元の方を中心に現在も“烏啼坂”と呼ばれています(“三ノ宮”は伊勢原市にある比々多神社です)。

烏啼坂
烏啼坂

では、なぜこの烏啼が”景勝地”なのでしょうか。それはこの地名が「小高く切り立った崖」という意味であることもヒントの一つです。

ここ南矢名出身の詩人である前田夕暮(まえだ ゆうぐれ)が自らの随筆にて烏啼を「田んぼ向こうの岬のようにせり立ったその岡には茅花がほほけていた(≒ススキの穂が乱れ咲いていた)」「その岡にはソバの花が揺れて子供心にも秋は美しくもあり寂しくもあると思った」と書いているのです。

さらにこの烏啼の谷戸(やと:丘のあいだの谷間)その名もズバリ”烏啼谷戸(からすなきやと)”には、綺麗な水が流れドジョウやウナギがいる沢がありました。
また、その水を利用した棚田やタバコ畑もありました。

前田夕暮が愛した烏啼谷戸
前田夕暮が愛した烏啼谷戸

烏啼沢
現在も一部が残る烏啼沢

このように往年の烏啼は“地元の人々から愛された景勝地”だったのです。

この烏啼谷戸は後に開発されて住宅地となり、新たな道や現在の近道商店街もできました。
「留年坂」「そり立つ壁」とあだ名される、まるで壁のような傾斜の急階段やそれにつづく坂道は名づけるならば「新烏啼坂」でしょうか。

南矢名の景勝地・烏啼近道商店街「新烏啼坂」と急階段
近道商店街の「新烏啼坂」と
その終点の急階段

皆さまもこの烏啼を通るとき、かつての面影に思いをはせてみてはいかがでしょうか( ^ω^)

次回の投稿予定日は12月15日(水曜日)です。それではまたお会いいたしましょう(*´д`*)


写真提供:青木繁美 様(前田夕暮が愛した烏啼谷戸)
(注:前田夕暮の表現は現代語訳・編集をしております。)

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第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
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