2010.11.18 Thursday 00:24
こんにちは。おにぎりです\(^o^)/。この度おおねさんぽにて歴史コラム「おおねの語り部」を担当させていただくことになりました。


記念すべき第一回は大根川(おおねがわ)に存在した堰(せき:水門のようなもの)の「一本橋の堰(いっぽんばしのせき)」と「烏啼の堰(からすなきのせき)」をご紹介したいと思います。

一本橋の堰(いっぽんばしのせき)と烏啼の堰(からすなきのせき)の両方とも大根川(おおねがわ)の水を水田に利用するための堰(水門)であり、いわばこの近辺のかつての生活様式を現在に伝える“史跡”のような存在でもあります。

昭和期の大根川
昭和期の大根川

一本橋の堰は安藤橋(あんどうばし)の少し上流のジリオン前にあった堰で、初代の堰は打ちこんだ杭に板をはめて使う仮設のものでしたが、後に常設化され2008年の安藤橋架け替えにともなって撤去されるまで存在していました。

在りし日の一本橋
在りし日の一本橋

一本橋の堰跡
一本橋の堰跡

この堰が出来た頃には未だ安藤橋がかかっておらず、堰としてだけではなく人が渡る為の“一本橋”としても機能していたことに由来しています。
後に安藤橋が完成すると橋としての機能はそちらに移りますが、その後も一本橋の名でよばれていました。

因みに、上にも出てきた安藤橋の名前は程近い秦野厚生病院がかつて“安藤病院”と呼ばれ、この病院へのアクセスを改善するために、また当時の院長であった安藤氏の援助のもとで架けられた橋であることからその名がつけられました。

一方、烏啼の堰(からすなきのせき)は現在のグルメシティ大根店脇にある堰で、こちらは現役の堰です。
この堰の近辺では鯉が多数見られ、また桜並木もあるため春になればゆるやかな川面に桜が映える“市街地の中のオアシス”ともなっています。

烏啼の堰
烏啼の堰

この「烏啼(からすなき)」の名はこの近辺から近道商店街の急階段あたりまでの南北に細長い地域をさす古い地名で、その名前は江戸時代の天保期(1830-1843年)に作られた地図にも見られます。

地名の由来は「カラ・ス」が「小高い・所」を意味し、「ナキ」が「切り立った場所」を意味する地形語であることから「小高く切り立った場所」という現在でも近道商店街側から見られる地形をもとに付けられた地名であると推測されます。


おおねの語り部の記念すべき第一回は『一本橋の堰と烏啼の堰』をお送りいたしました(*´д`)大根の歴史を皆さんに紹介することが出来て非常に光栄です( ^ω^)

ではまたお会いしましょうヾ(*´д`)ノシ

写真提供:東海大学学園史資料センター(昭和期の大根川、在りし日の一本橋)

関連記事:新コーナー始まります!
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