2011.12.14 Wednesday 00:00

 朝ごとに きくも寒けし 大路行 ちから車の 霜にきしるを ― 原 久胤『五十槻掻葉集』より


弘法山から
弘法山から下大槻方面


 …どうも。おにぎりです。今回は下大槻(しもおおづき)と同地出身のカリスマアーティストとも呼べる歌人で国学者の原 久胤(はら ひさたね)さんを御紹介いたします><*

 原さんは寛政4年(1792年)に相模国大住郡下大槻村(さがみのくに おおすみのこおり しもおおづきむら:現・秦野市下大槻)に生まれ、別名を平 久胤(たいら の ひさたね)、字(あざな:通称)を新左衛門(しんざえもん)、そして号(ごう:ペンネーム)を五十槻舎(いつきのや)といいました。

 あの有名な本居宣長(もとおり のりなが)に弟子入りし、のちに万葉調の和歌を得意とするようになりました。江戸・相模・駿河(東京・神奈川・静岡東部)といった地域で活躍し、武家にも歌道の指導を行ったとされています。

 その原さんですが、現在は弘法山の山頂に歌碑が建立されています。当初は東京・品川区の長応寺(ちょうおうじ)に置かれていたらしいですが、現在は下大槻をのぞむこの地に移設されました。

歌碑
原久胤 歌碑


 彼が生まれ育った下大槻は金目川(かなめがわ)の北側にあたり、地名も「ツキ」が河岸段丘(かがんだんきゅう:川の流れで形成された崖のある丘)を表すことから「大槻」は「大規模な河岸段丘(のある地域)」の意味と思います。
 
 ちなみに古くからの集落は「峯(みね)」が代表的であり、字名にはそれぞれ峯ノ上(みねのうえ)・峯(みね)・峯ノ下(みねのした)があります。峯ノ下は交差点の名前にもなっているので御存じの方も多いと思います。「峯」は「突き出た丘(のふもとの集落)」の意味と推測されます。

峰ノ下交差点
峯ノ下交差点


 …最後になりましたが、そういえば下大槻をメインに取り上げたのは今回がはじめてな気がします…ごめんなさい><;

 それでは、次回は28日です!恐らく今年最後の語り部本編ですね…。


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