2011.11.25 Friday 01:52
 こんにちは。おにぎりです。

先日いきなり開始した番外編企画・「1117番地の思い出」第二弾です!


―――キリトリセン―――

大塚所(おおつかどころ/旧名:矢名原(やなはら)・大塚戸(おおつかど))

地域内の施設など

・1号館A翼とB翼
・4号館
・8号館
・15号館
・松前重義博士銅像近辺の坂
・野外音楽堂舞台部分
・真田大原遺跡の一部分
・松前記念館西半分

解説・備考

 かつては「大塚戸(おおつかど)」とも呼ばれた。この「ど」は「場所」の意味で「大きな古墳のある場所」のような意味であろう。

こう推測すれば「大塚所」と意味は同じで、もともとは秦野市側の「大塚」とも同じ地名であると考えられる。

ここにあった古墳の一部を移築したのが望星塚(ぼうせいづか)である。また、大学所在地の地番1117はここに属する。

ここにあった二つの古墳はともに大きな塚のようであったため地域住民は北東にあった塚を「灰塚(はいづか)」、もう一方の北西にあった塚は「金蔵坊塚(こんぞうぼうづか)」と呼んでいた。

この塚は相模国風土記にも記述があり、この地域が歴史的に見ても重要であることが分かる。

旧名の矢名原は矢名地区(秦野市南矢名)に面している所からと推測される。
また、この地区をはじめキャンパスの西側を小田原道(おだわらみち:下記にて説明)という街道が通る。

4号館
四号館

1号館
一号館(B・C翼)


大原(おおはら)

地域内の施設など

・1号館C翼
・北駐車場
・北門
・掲示門
・真田大原遺跡

解説・備考

 大学敷地内で真田地区に属する小字(現在は北金目に編入)。東海大学前駅方面から大通り沿いに坂を登り最初に見える大学の敷地周辺の地名。

傾斜がほとんどなく、広い原っぱのようになっていたことに由来する地名であろう。

真田大原遺跡の大部分が当地にあり大学が建設される前は塚のような古墳があった(大塚所の項目も参照されたし)。

地区の西側を矢倉沢往還(やぐらさわおうかん:後述)の新道が通る。

北門
北門

掲示門
掲示門


―――キリトリセン―――
 
 今回は本編第26回の「大塚所の古墳群」でご紹介したあの地名・大塚所と大原です。この二つだけでかなり分量があるのと補講的な意味合いにもなりそうなのであえてこの二つのみで記事にしました。

 ちなみに小田原道はキャンパスの西側を撫でるように通る道です。小田原北条氏(おだわらほうじょうし)が本城(小田原城)と各地の支城をつなぐ道として整備したもので、総合体育館西側で道が分岐します(小田原道は分岐の西側の道)。
この場合の「支城」は真田にあった真田城(さなだじょう)を指します。

 もう一つの「矢倉沢往還(やぐらさわおうかん)」は「青山街道(あおやまかいどう)」などの別名があり、現在「バス通り」と俗称される道です。
現在の伊勢原市と秦野市の市境にある矢倉沢往還の善波峠(ぜんばとうげ)越えが大変であった為、新しく峠を越えない道路として建設されたそうです。

 青山は現在の東京都港区の青山で、そこに向かう主要な街道であるため、現代風に言うならば246(国道246号線)の前身というのが解り易いでしょうか。現在は神奈川県道613号曽屋鶴巻線です。

それでは、またいつか!(不定期連載的な意味で)

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外伝第一回『東海大学湘南校舎〜1117番地の思い出(上界編その一)』
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