2014.08.29 Friday 22:12
 皆さんご無沙汰しております。おにぎりこと地名の宇田川です。

 このたび、広島水害で亡くなられた方にはこの場をお借りし、謹んで哀悼の意を申し上げさせていただきます。

 地名のいわれはその土地の伝承などと一緒にかたられることが多いことは、みなさまご存じのとおりと思います。

 その伝承の真偽よりも地名語彙と地形が対応しているかをまず確認して、そこから伝承を読み直せば「先人が本当に伝えたかったこと」や「伝承の比喩が指していることの本質」がよりわかりやすくなるのもまた事実です。

 今回の広島水害の激甚被害地の一つ・八木(やぎ:広島市安佐南区)のなかでも特にひどい被害があった八木三丁目にあたる古い小字名に「蛇落地悪谷(じゃらくじあしだに)」なるものがあることが近日盛んに報道されております。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140827/dst14082703100002-n1.htm
(産経抄「地名は警告する」(2014年8月29日22時閲覧))

 私の専門は地名ですが、地名は字よりも音の方に重点があり、字は音をあらわすための当て字にすぎない場合がほとんどです。

 この場合の「じゃらくじ(蛇落地)」という地名は「じゃら」と「くじ」からなる地名です。「じゃら」は「ざる・ざれ」と同源で「崩壊地」、「くじ」は「朽ち・崩れ」と同源で「崩れやすい崖」と解釈できます。

 「あしだに(悪谷)」は「あし」が「低湿地」で「湿地になっている(≒水捌けの悪い)谷」のような意味でしょう。

 ちなみにメディアでは「八木の旧名は八木蛇落地悪谷で、八木は近年になってついた地名」としています。

 しかし八木は倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう:平安時代の百科事典)に登場する養我郷(やがのごう)の比定地とされ、この「養我」という地名も「養義(やぎ)」の誤記とする説が広く言われており、古くから八木地区は「ヤギ」と呼ばれていたようです。


 そして、古くからの地名は今回のケースからもわかる通り地形や地質に由来するものが非常に多いのです。では、実際に国土地理院の土地条件図(その土地の地形・地質のデータがわかる地図)の八木三丁目(蛇落地悪谷)付近を見てみましょう。

http://portal.cyberjapan.jp/site/mapuse4/index.html?lat=36.953946&lon=136.794433&z=6&did=JAIS&lkey1=lcm25k_2012&lopa1=1#lat=34.48209&lon=132.49326&z=6&did=JAIS&lkey1=lcm25k_2012&lopa1=1&zoom=16&layers=BTTTT
(国土地理院「地理院地図」(2014年8月29日22時閲覧))

 緑色になっているのは山林、八木の新興住宅地の過半をカーキ色(扇状地)が占めていることがわかります。これは山から降りてきた沢が運んできた土砂によってできた地形であることをあらわしており、今回のような災害は不可避であったことが窺い知れます。

 そういえば、「八木」という地名の語義を説明していませんでしたが、これは「細長い土地」や「(柳などの植生による)湿地」を指すとされ、沢による浸食・開析によって生じた地形であることがわかります。土地条件図の地形とも符合しますね。

 このように、地名は現代に生きる我々に有用なあるいは警告となる情報を伝えてくれるデータベースと言えるものなのです。

 以上、おにぎりこと地名の宇田川でした。
 
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2014.03.09 Sunday 11:01
おにぎりことバルテルミこと地名の宇田川です。私事ですが東洋大学の大学院の博士課程に進学することになりました!><*

今回は真田の谷津(やと)地区にある山についてお送りいたします!
 
谷津の山
谷津の山

まずはこの画像をご覧ください。…どう見ても山ですね。…ちなみに山です。

…ですが特に決まった名前はないようですのでここでは集落の名前をかぶせた「谷津の山(やとのやま)」と呼ぶこととします。

谷津の山はおおねさんぽでもおなじみ久保田商事さん(http://www.oraho.com/kubota/)の本店裏にあり、位置関係としては以下の地図のような感じです。
 
周辺地図
谷津の山周辺地図

谷津の山の東側にある(久)が久保田商事さんの本店、北に進むと東海大学前駅の南口までつながる大通り、東に進むと同じく真田の天徳寺(てんとくじ)、南に進んで丘を登るとウッドパーク団地や真田の食堂街、西に進むと烏啼(からすなき)の付近に行き当たります。

ちなみに古い地図だと破線部の上の端あたりから谷津の山の山頂あたりに進む道がありますが現在の地図には見当たりません。

破線部のあたりは下の写真のようになっています。
 
小路
谷津の山の小路

この谷津の山の正体は古墳だそうで、古墳としては「真田・北金目遺跡群」の中の「谷津遺跡」という名称だそうです。

ではまた!


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第四十八回『地名と災害 〜 大根水害に思う』
第四十七回『鶴巻・石座神社』
第四十六回『下大槻の鎮守・健速神社』
第四十五回『龍法寺と亀の子石』
第四十四回『下大槻の田園風景から』
第四十三回『烏啼谷戸と字名と(後編)』
第四十二回『烏啼谷戸と字名と(中後編)』
第四十一回『烏啼谷戸と字名と(中前編)』
第四十回『烏啼谷戸と字名と(前編)』
第三十九回『大根駅と東海大学前駅(後編)』
第三十八回『大根駅と東海大学前駅(前編)』
第三十七回『真田の門前町・寺尾』
第三十六回『学前の御徒町・雑敷』
第三十五回『北矢名・一ノ沢の滝壺』
第三十四回『地名の歩き方と車橋』
第三十三回『鶴巻芦谷の鎮守様・多賀宮』
第三十二回『真田のラストオアシス・中ノ谷津』
第三十一回『真田へ谷戸の名残をさがしに』
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第二十九回『原 久胤と下大槻』
第二十八回『下谷戸』
第二十七回『大塚所の古墳群』
第二十六回『宮田橋』
第二十五回『田んぼ、名残、学前にて』
第二十四回『南矢名‐曽屋 うとう坂を登る』
第二十三回『真田・大谷津沢を遡る(支流編)』
第二十二回『真田・大谷津沢を遡る(本流編)』
第二十一回『矢名八窪(天保編)』
第二十回『忘れられた清流・雉ヶ谷戸』
第十九回『そもそもなんで大根は「大根」なの?』
第十八回『烏啼谷戸とかない道(後編)』
第十七回『烏啼谷戸とかない道(前編)』
第十六回『落幡ってどんな場所ですか?(後編)』
第十五回『落幡ってどんな場所ですか?(前編)』
第十四回『矢名八窪(南矢名編)』
第十三回『矢名八窪(北矢名編)』
第十二回『おすわさんと諏訪ノ沢』
第十一回『ヒブリとあからしの頃』
第十回『とある根丸島の古代集落』
第九回『横井戸のおはなし』
第八回『大根地区に眠る「塩」の地名・その二』
第七回『大根地区に眠る「塩」の地名』
第六回『南矢名の宿場町・宿矢名』
第五回『北矢名にあった幻の寺院・長昌院に迫る!』
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
新コーナー始まります!
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2014.01.31 Friday 00:00
 ご無沙汰しております。おにぎりこと地名の宇田川です。

 世界で初めて新型万能細胞(STAP)を発見した小保方晴子(おぼかた はるこ)博士のニュースが世間を賑わせています。

http://www.huffingtonpost.jp/2014/01/29/obokata-haruko_n_4692186.html

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E4%BF%9D%E6%96%B9%E6%99%B4%E5%AD%90

 博士の苗字「小保方」は群馬の伊勢崎近辺に集中して分布するローカル苗字です。

 そして私の地元栃木県の下都賀方面からは両毛線で一本というご近所に多い苗字なのですが、我々はその名前が世界的な科学者の名前となった瞬間を見たわけです。

 苗字のもととなった地名も伊勢崎市内にあり、地名の語義は「オボ」が「おぼろげ」と同じ語根で「不確か」、「カタ」が「湿地」(新潟の潟と同じ)で「(河川の流れで地勢の変わる)不確かな湿地」の意味と思われます。

 実際にもととなった地名のある場所(伊勢崎市西/東小保方町)は早川という川のほとりにあり、西小保方にはそのものずばり西小保方沼なる沼があるようです。


 しかしこの西小保方沼、現在グラウンドにするため埋め立てられている最中だそうです。

 それはさておき、自分の中では(伊勢崎と地元が近いので)昔からなじみの名前だったのですが、今やこうして世界的に有名な科学者の名前となったことに興奮を隠しきれないでいます。
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2013.11.28 Thursday 16:24
ご無沙汰してます。おにぎりことバルテルミこと地名の宇田川です。

ついに『あ●人は今!?』的なタイトルになってしまいましたが、このタイトルをつけたのは自分です(爆)

さて、私も気づけば25歳…修士最後の年度になってしまいました。というわけでして…
 
修論執筆風景
修士論文執筆風景

絶賛修士論文執筆中です。

ちなみにお題は『地名語彙から千年村の要素を解明する―千葉県内を例に―(仮)』で、

平安時代から続いていると思われる集落を、その地域の地形や地質を表していることが多い地名を通じていろいろ解明していくことで地域の構成要素としての地名の重要性を提示するのが大命題です。

どんな結論になるかは…ここでは内緒です(爆)

どうしても知りたい方は修士論文中間発表会の来月13日3限のコマでどうぞ。何かが分かるかもしれません。
 
院生室から
院生室から見える景色

…もう冬ですね。ではまた。


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外伝第五回『入谷戸』
外伝第四回『東海大学湘南校舎〜1117番地の思い出(下界編その一)』
外伝第三回『東海大学湘南校舎〜1117番地の思い出(上界編その三)』
外伝第二回『東海大学湘南校舎〜1117番地の思い出(上界編その二)』
外伝第一回『東海大学湘南校舎〜1117番地の思い出(上界編その一)』
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2013.07.17 Wednesday 12:29
 皆さんこんにちは。おにぎりこと宇田川です。今回は少々ヘビーな話題ですが、地名と災害の関連性についてお送りしたいと思います。
 
 皆さんの記憶にも新しい今年の4月6日、秦野市をはじめ大根地区では大雨によって洪水が発生しました。
 
―――――以下タウンニュース秦野版からの引用―――――

『浸水52棟、土砂崩れ3件 秦野市内、6日の大雨で』
(タウンニュース秦野版 2013年4月11日号)
 
 急速に発達した低気圧の影響で4月6日昼から降り出した雨は強風を伴って次第に強さを増し、秦野市でも午後5時ごろに大雨洪水警報が発令された。この雨の影響で大根、鶴巻地区で浸水被害や土砂崩れが報告された。
 
 鶴巻排水機場での観測によると1時間の最大雨量は71・5弌∩躅量は164个砲盖擇鵑澄
 
 浸水被害は大根・鶴巻地区で床上、床下合わせて52棟。また、土砂崩れは同地区で3件発生した。状況としては法面が崩落し、
 
 斜面の基礎が見えているものや、民家に隣接する擁壁が外壁と数十cmのところまでせり出し、擁壁の内部にあった土が民家の庭などに流れ込むなどの被害をもたらした。
 
―――――以上タウンニュース秦野版からの引用―――――
 
 …そして、その洪水の直後の大根川では堤防が一部切れてしまっていました。

きれたていぼう
大根川の崩れた堤防

 
 今回の水害が起きたあたりは当コーナーの第七回『大根地区と塩の地名』でも紹介いたしました「塩河内(しおこうち)」という地名の場所です。
 
 この地名は「(大根川と塩河内川にはさまれて)しぼんだ地形をしている川の内側にあたるところ」の意味で、標高を見ても少々周囲より低く洪水には注意を要する場所のようです。
 
あざかいぜんず
秦野市字界全図(昭和後期ころのもの)

 
 私の知り合いでこの塩河内あたりで商売をなさってらっしゃる方(ネガティブな話題なのであえて伏せます)は「店内まで水が上がってきて屋内なのにズボンをまくって作業をせざるを得なかった」と洪水の凄まじい状況を教えてくださいました。
 
 今回はとりとめもない内容になってしまいましたが、地名はその土地のスケッチです。災害の対策にも使え、過去の歴史を伝える地名とその価値を伝える使命をこの両の肩にひしひしと感じた瞬間でした。
 
 来月もよろしくお願いいたします。


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2013.06.12 Wednesday 00:00
 おにぎりこと地名の宇田川です><今回は鶴巻(つるまき)の石座(せきざ)神社についてお送りいたします。

石座神社拝殿
石座神社拝殿


 石座神社は鶴巻の西部にあり、北矢名(きたやな)との字界のすぐ東側にあります。

 参道も村の神社としては少し長めな印象を受けます。やはり高台にあるからでしょうか。

石座神社参道
石座神社参道


 全国には同名の神社も何社かあり、その中には石座神社の「石座」を「いわくら」と訓読みする神社もあるようですがここは音読みです。

 「座」の字を「くら」と読むのは現代人には難読に思えますが、地名にはいくつか例があり

神奈川県内では茅ヶ崎(ちがさき)〜橋本(はしもと:相模原市)あたりまで広がっていた高座郡(こうざぐん)の「高座」はかつて「たかくら」と訓読みされていました。

 県外の例ですと埼玉県の新座(にいざ)市の「新座」も古くは「にいくら」と呼ばれていました。どちらも現在読みが変わってしまっていることからやはり難読の印象は否めないようです。

 話を石座神社に戻しますと、この神社は日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の際に腰かけた岩が御神体で、石座の名前もその御神体に由来しています。

 因みに第六回で取り上げた北矢名(きたやな)の蛇久保(じゃくぼ)にある長昌院(ちょうしょういん)は、この神社から歩いて数分もかからない場所にあります。

 ではまた!><*

(追記)

 先輩お写真のご提供ありがとうございました!


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2013.05.22 Wednesday 00:00
 皆さんご無沙汰しております><*おにぎりこと地名の宇田川です><

 今回は下大槻(しもおおづき)の鎮守の健速(たけはや)神社についてお送りいたします。

大鳥居
健速神社大鳥居


 普通「たけはや」といえば「建速」と書きますがこの神社では人偏付きの「健速」と表記しています。

 下大槻では古くから「お天王さん」の愛称で親しまれ、御神刀は室町時代(1336年〜1573年)に越中(えっちゅう:現・富山県)の刀工によって造られたものです。

拝殿
健速神社拝殿


 この神社の祭は江戸末期に著された『新編相模国風土記稿』の下大槻村の項目には毎年旧暦の6月7日〜17日まで祭礼が行われていたとあり、大規模な祭礼だったことが伺えます。

 またこの祭礼は「おおや」と呼ばれる火祭りも有名です。…画像はありません><。

(市内では同じ大根地区に属する南矢名(みなみやな)の瓜生野(うりゅうの)に伝わる「瓜生野百八松明(うりゅうのひゃくはったい)」も火祭りとして有名です)

境内社
境内社のお稲荷さん


 また、おみこしの渡御(とぎょ:街を周ること)では金目川の「川場(かわば)」と呼ばれるところで清められていました。

 しかし近年では金目川の上流部に下水処理センターができ、「人の体の中を通った水じゃお清めにならねーだよ…(´・ω・)」という意見もあったことから

現在おみこしのお清めは下大槻地内の田んぼにある湧水で行われているそうです。

 川場のほかにもこの神社に関係する地名はいくつかあり、少し下手には「宮下(みやした)」と呼ばれる一帯があり公園の名称にもなっています。

みやした児童遊園地
みやした児童遊園地


 ではまた!(`・ω・´)


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2013.04.03 Wednesday 00:00
 こんにちは!おにぎりこと地名の宇田川こと宇田川です!

 今回は南矢名(みなみやな)にある龍法寺(りゅうほうじ)というお寺に伝わる伝説をご紹介いたします!

龍法寺
龍法寺


 龍法寺は南矢名の西側・瓜生野(うりゅうの)地区の中でも奥の方にあるお寺です。ちなみに生え抜きの方には瓜生野を「うりおね」と読む方が多くいらっしゃいます。東海大学前駅からは大根川を遡っていくと解りやすいです。

 そして、この龍法寺には亀の子石という亀の甲羅を思わせるような石があります。

亀の子石
亀の子石

亀の子石の破片
亀の子石の破片


 この石は、約1,500万年前の海底火山の噴出物からできており、丹沢山地の基盤となっている緑色凝灰(りょくしょくぎょうかい)岩です。

 龍法寺を開いた弘法大師の弟子の僧が亡くなった時、かわいがっていた亀が悲しみのあまり石になってしまったという伝説が残っています。

 …という伝説の真偽はさておき、なんとここ大根地区(おおね)も丹沢の一部だということがお解りいただけると思います。

 それでは、また!


参考文献・協力

(龍法寺の出典)
http://www.kankou-hadano.org/hadano_point/point_ryuhouji.html

(亀の子石の出典)
http://www.city.hadano.kanagawa.jp/k-contents/dhm/dhm/honcho/kamenokoisii/kamenokoisi.htm

(亀の子石の破片の収蔵元)
・秦野市市史資料室(http://www.city.hadano.kanagawa.jp/shiryo/kyoiku/shogai/shishishiryo.html


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第十回『とある根丸島の古代集落』
第九回『横井戸のおはなし』
第八回『大根地区に眠る「塩」の地名・その二』
第七回『大根地区に眠る「塩」の地名』
第六回『南矢名の宿場町・宿矢名』
第五回『北矢名にあった幻の寺院・長昌院に迫る!』
第四回『武将・真田与一と真田城』
第三回『谷戸の街・真田』
第二回『南矢名の景勝地・烏啼』
第一回『一本橋の堰と烏啼の堰』
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2012.08.29 Wednesday 00:00
 おにぎりです><

 今回は下大槻(しもおおづき)の田園地帯とその地名をお送りいたします><

県道から田園風景を望む
県道から


 下大槻の中央部、金目川(かなめがわ)沿いには田園地帯が開けており、上流から広町(ひろまち)、宮ヶ崎(みやがさき)、東脇(ひがしわき)の三つの字名があります。

 この三つの地名から、この田園地帯をながめてみましょう><

秦野市字界図より下大槻
秦野市字界図より下大槻


◎広町(ひろまち)

 …他の耕地より一つ一つの区画が広くとられたところの意味です。かつては現在のように区画が整備されておらず、一枚一枚の田んぼや畑は広さがバラバラでした。

◎宮ヶ崎(みやがさき)

 …お宮(この場合は下大槻の鎮守・健速(たけはや)神社)の先つまり目の前にある場所の意味です。すぐ北側にある宮下(みやした)も「お宮のあるところから降りてきたところ」の意味です。

◎東脇(ひがしわき)

 …すぐ南側にある東(ひがし)の脇にある場所というそのままな意味の場所と思われます。この場所には東脇取水場もあり、付近の水瓶ともなっています。

東脇取水場
東脇取水場


 一般的に田畑は集落に付随して存在するものですが、今回の宮ヶ崎のように“北から伸びてきた”地名と、東脇のように“南から伸びてきた地名”がありそれぞれがいろんなところから広がっていく様子が垣間見えます。

 ではまた><*


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第三十九回『大根駅と東海大学前駅(後編)』
第三十八回『大根駅と東海大学前駅(前編)』
第三十七回『真田の門前町・寺尾』
第三十六回『学前の御徒町・雑敷』
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第三十一回『真田へ谷戸の名残をさがしに』
第三十回『お地蔵さんとお山王さんと堂坂』
第二十九回『原 久胤と下大槻』
第二十八回『下谷戸』
第二十七回『大塚所の古墳群』
第二十六回『宮田橋』
第二十五回『田んぼ、名残、学前にて』
第二十四回『南矢名‐曽屋 うとう坂を登る』
第二十三回『真田・大谷津沢を遡る(支流編)』
第二十二回『真田・大谷津沢を遡る(本流編)』
第二十一回『矢名八窪(天保編)』
第二十回『忘れられた清流・雉ヶ谷戸』
第十九回『そもそもなんで大根は「大根」なの?』
第十八回『烏啼谷戸とかない道(後編)』
第十七回『烏啼谷戸とかない道(前編)』
第十六回『落幡ってどんな場所ですか?(後編)』
第十五回『落幡ってどんな場所ですか?(前編)』
第十四回『矢名八窪(南矢名編)』
第十三回『矢名八窪(北矢名編)』
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2012.07.25 Wednesday 00:00
 おにぎりこと地名の宇田川です><…今回は前回までにお送りしてきた江戸期の烏啼(からすなき)の最終回です。

 まずは前回の地図をもう一度見てみましょう。

清書
烏啼谷戸・五反田概略図


 今回はこのうち、北側(下)にある「谷(やと)」「たぶち」「からすなき」についてお送りします。

(地名の漢字表記はおにぎりによるものであり、出典はございませんのであしからず。)



まえやと
やと


●やと/谷戸

 …現在の南矢名二丁目北部にあたる地域です。谷戸から坂を下りてきて平地になっている所です。地名はそのまま「谷戸」の意味と思います。

 写真を撮ってくるのを忘れました。よって使いまわしですごめんなさい><


たぶち(北側)
たぶち(地図下部)


●たぶち/田淵(地図下部)

 …三か所ある「たぶち」のうち前回取り上げなかった残り一つをお送りします。現在バス通りから烏啼の谷戸を見下ろせる場所で、数ヶ月くらい前までは雑木林が残されていました。(現在でも切り株がたくさん残っています)

 名称は前回の通りの由来と推測しています。もしかしたら谷戸の崖地全般をさす言葉なのかもしれません。


からすなき
からすなき


●からすなき/烏啼

 …烏啼坂(からすなきざか)のふもとから大根川に架かる暘橋(ひのでばし)の東側あたりの地名です。南矢名二丁目の一部になる前、平成初期までここは烏啼の字名が残っていました。

 名称は「カラ・ス・ナキ」がそれぞれ「小高い・一帯・崖」の意味なので「小高く切り立った崖(の周辺地域)」の意味と思います。


 最後におまけです。

烏啼谷戸全景
烏啼谷戸だいたい全景


 ここは数か月ほど前まで雑木林が残っていましたが現在では伐採され、谷戸の向こう側まで見えるようになりました。

 こうしてみると、住宅街に完全に変貌していますが谷戸の地形は全く失われていないことがよくわかります。


 次回は…まだ内緒です。ではまた><


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